昔々京の町に、大きな宿屋がありました。いつも、旅の人が大勢泊まって、とても賑やかでした。ところで、この宿屋の亭主、いったいどこで耳に入れたのか、近いうちに徳政令(借金を帳消しにする御触れ)のあることがわかったもので、心の中でニやりと笑いました。亭主は、ひと部屋ひと部屋まわり歩いて、泊まり客の持ち物を見せてもらいました。「この大きな包は何でござりましょう。立派な反物がこんなにもどっさリございます。娘や女房に買ってやりたいと存じますが、ちょっと拝借」というぐあいに、客の持ちものを次から次と借りていきました。
 さて、二、三日すると、思ったとおり、お上の御触れが出ました。役人が法螺貝を吹きたて、鐘を打ち鳴らして、「徳政じゃあー。徳政じゃ」と町をわめき歩きます。町のあちこちに、徳政の立礼が立ちました。そこで宿の亭主は広間に客を集めてこう言いました。「さてさて、困ったことになりました。この御触れの趣は天下の貸し借りをなくし、銭・金・品物などによらず、借りたものはみんな借り主にくだされます。そういうわけで、皆様からお借りした品々は、唯今からわたくしの物になったわけでございます」と如何にももっともらしく言いました。
 さあ、これを聞いた客は驚きました。互いに目を見合わせ、途方に暮れて中には泣き出す物もいて、大変な騒ぎです。ですけれど、「返してほしい!」とどんなに頼んでも、亭主は、「この御触れは天下の御触れで、上さまからのご命令でございます。」といっこうに聞き入れませんでした。ところが客の中に、頭の働く男がおりまして。亭主の前に進み出てこう言いました。「なるほど、上さまの御触れとあれば、叛くことはなりますまい。それも致し方のないことです。わたくしどもは、こうしてあなた様のお宿をお借りしましたが、思いもかけずこのたびの徳政のおかげで。今更この家をお返しすることもできぬことになりました。どうぞ、妻子、召使い一同をお連れになって、今すぐこの家からお立退きくださるよう」と、厳かな声で言いました。今度は亭主のほうが驚きました。「なんだと! この宿は、昔からわしらの持ち物。今更人手に渡すことはならぬ。ならぬわい!」と真っ赤になって怒鳴ったのです。「いやいや。ご亭主。あなたさまが、先ほど言われたとおり、御触れは上さまからの御触れ。」宿の亭主は怒って、奉行所に訴え出ました。すると、お奉行はまじめくさった顔で、宿の亭主に、「お前の言い分は通らぬぞ。借りたものは、借り主にくださるのが徳政。お前は、妻子、召使い一同を連れて、家から立ち退くがよい」と、言い渡しました。
 宿屋を借りていたお客たちは、荷物こそは宿屋の亭主に取られましたが、宿屋を手に入れて、幸せに暮らすことができました。

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作者:Miyu
婷婷嫋嫋疏離,飄飄搖搖相依。