昔甲州の西山に、家富み栄えた一人の長者がありました。沢山の田や畑を家来に作らせ、又広い林や野を持っていて、狩などをして日を送っていました。長者夫婦には十人の男の子がありました。それが皆大きくなって、いずれも立派な逞しい若者になりました。ある日その十人の兄弟は、野原に出て弓を射て仲良く遊びました。長者夫婦も連れ立って出てきました。高い桟敷を掛けさせてその上に坐って見物をしていました。若い人たちは華やかな晴れ着を着て、鹿毛や黒毛や月毛や、色々の馬に乗って出てきました。そうして自由自在に野原を馳せまわって、おのおの精一杯弓の技を、親たちに見せました。
 長者はこの有様を見て大変喜んで、そばに添っている自分の妻に話しかけました。十人の子宝は決して少ないと言われないのです。しかしもしこの上に尚十人の男の子があって、それが共々にこうして同じ野で、弓を射て遊ぶのであったら、どんなに心丈夫で又楽しいことであろうと申しました。そうすると長者の女房はそれを聴いて、それならば本当のことを打ち明けましょう。本当はこの子供の生まれる時に、どれもこれの双子で生まれたのであります。あまり多いと思って遠慮をして、実は今まで別の所で育てておいたのです。直ぐに呼びにやりますから会ってくださいと言って、大急ぎで使いを走らせました。暫く待っているとこの野の向こうの端から、若い武士が又十人、これも皆よい馬に乗り、花のように色々に染めた狩衣を着て、箭を負い弓を手に持って現れてきました。そうして長者の前に来て礼拝をしました。どれもこれも男らしく、りりしい若者ばかりでありました。それが前の十人の兄弟と入り交じって、この広い野原を縦横に馬を走らせ箭を射て、日の暮れるまで面白く遊んだそうであります。
 その長者の家は、長い間にもうなくなってしまいました。そうしてその家の跡が山になり、野になりました。しかし長者の二十人の子供が、毎度連れ立って出て遊んだという野原は、二十騎が原といって、久しい後まで名が残っていました。それから少し離れた小山の麓には、又赤子沢という所もあました。長者の妻が家を建てて、その十人の双子の片方を育てていた谷だから、それで赤子沢というのだと話す人もありました。

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作者:Miyu
婷婷嫋嫋疏離,飄飄搖搖相依。